池松壮亮と「ライオンキング」

2014年から変わらぬ快進撃を続ける池松壮亮。

劇場では常に出演映画が放映されている売れっ子ぶりです。

池松壮亮は若干26歳ながら、芸歴は15年なんです。

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彼が俳優の世界に飛び込んだのは10歳のとき。

劇団四季「ライオンキング」でヤングシンバ役に合格しました。

今回は池松壮亮と「ライオンキング」についてまとめていきます。

池松壮亮プロフィール

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本名    池松壮亮(いけまつそうすけ)

生年月日  1990年7月9日 26歳

身長    172cm

体重    59kg

血液型   A型

出身    福岡県福岡市

学歴    福岡大学付属大濠高校→日本大学芸術学部映画学科監督コース 卒業

事務所   ホリプロ

趣味    映画鑑賞 釣り

特技    ピアノ 野球

好物    うどん

家族    父、母、姉、妹、弟

2001年、10歳のとき「ライオンキング」のヤングシンバ役でデビュー。

12歳のときには「ラストサムライ」のオーディションで飛源役に選ばれハリウッドデビュー。

共演したトム・クルーズや渡辺謙から色々なものを受け取ったと言います。

その後、あまり仕事を入れないようして、池松壮亮は自分の行く道についてかなり悩んでいたそう。

いずれ悩みも吹っ切れ、日本大学芸術学部を卒業した翌年、爆発的なブレイクを果たします。

その2014年に公開された出演映画はなんと8本。

日刊スポーツ映画大賞やヨコハマ映画祭で助演男優賞で受賞、数々の賞を受賞しました。

物語の中に生きている自然体な演技で、いまやスクリーンで見ない日は無いほどの活躍をしています。

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池松壮亮と「ライオンキング」

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当時ヤングシンバを演じていた頃の池松壮亮。

池松壮亮と「ライオンキング」について。

幼い頃の池松壮亮は野球一筋。

プロになることを夢見て、地元福岡で日々練習に励んでいました。

しかし「ライオンキング」によって池松壮亮少年の環境がガラッと変わります。

きっかけは母親の一言「野球選手のカードをボックス買いしてあげるから。」

この言葉に動かされ、池松壮亮は当時児童劇団に所属していた姉と「ライオンキング」のオーディションを受けます。

両親には「人見知りの性格が直せたら」という気持ちがありました。

度胸試しのように受験した「ライオンキング」のオーディション。

池松壮亮はまったく演技経験がないにも関わらず合格してしまいます。

姉の日佳瑠さんも合格し、それぞれヤングナラ、ヤングシンバを演じました。

当時のことを池松壮亮はこう話しています。

「デビューをしたのは10歳のとき、劇団四季のミュージカル『ライオンキング』のオーディションに受かったのがきっかけだったんですが、このオーディション、親が単純に度胸試しのつもりで応募したものだったので、自分としては”いったい何が始まってしまったんだ!?”みたいな感じだったんです。

そもそも暮らしていたのは福岡なので芸能とかそういうものがまったく身近じゃなかったし、僕自身舞台に立ちたいわけでも俳優になりたいわけでもなかったから、あまりにも突然に新しい世界が入ってきてしまったその感じが嫌で、実際すごく抵抗もしました。

まあ、そういう新しいものを楽しめる子もいるんでしょうけど、その頃の僕の中でいっちばん大切だったのは野球でしたから、それを休んでまでやらなきゃならないなんて、信じられなかったんですよね。」

当時は本来やりたかった野球ができないことに加え、「俳優」という言葉の響きまでも嫌でした。

友達から「こいつ俳優なんだぜ」といわれることに違和感を覚え、嫌な気持ちになることがよくあったとか。

「僕の中には俳優=軟派っていうイメージがあったんだと思います。」

と当時を振り返ります。

確かに小さい頃は物事に偏見がありますよね、、。

僕も芸能人のことを原始人だとずっと勘違いしていました、、

そんなことはさておき、

いつしか池松少年の中で「ライオンキング」でライオンを演じることが日常になってきたころ、またしても池松壮亮を取り巻く環境は一変します。

それが「ラストサムライ」の飛源役合格。

オーディションでは「野球選手になりたい」と正直に答えたにも関わらず、受かってしまいました。

当時の池松壮亮は、トムクルーズのことさえ知りませんでした。

「知らないおじさんをトムと呼んでたんですよね。」

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しかし「ラストサムライ」の現場は「ライオンキング」とも、その合間に出演した福岡の地域ドラマとも一線を画すものだったんです。

「監督、俳優、スタッフに限らずどの人もプロフェッショナルだったし、皆が人生を懸けていた。

12歳でもそれは感じていましたし、いまでもよく覚えています。」

池松壮亮は共演した真田広之と渡辺謙から色々なものを受け取ったと言います。

「ライオンキング」で演じる感覚が身につき始め、

どこか根拠のない自信”自分の中の何かが信じられる感覚”が芽生え、

「ラストサムライ」で最高峰の環境に身を置き、さらに感性に磨きをかけ、池松壮亮は世界的に賞賛されるのでした。

「ライオンキング」で俳優としての池松壮亮の『軸』が、

「ラストサムライ」でジワジワと明確になっていったんだと思います。

その後、池松壮亮は悩みながらも野球を「青春」と位置づけ、

「自分にはもうこれくらいしか残ってないんじゃないか」と、俳優の道へ進んでいくこととなります。

「ライオンキング」との出会いが池松壮亮をここまで押し上げたといっても過言ではないはずです。

「ライオンキング」出身の有名人。

「ライオンキング」のヤングシンバを演じることで始まった池松壮亮の俳優人生。

同じように「ライオンキング」を経て、活躍している有名人に迫っていきます。

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山本世界。

「EXILE PERFORMER BATTLE AUDITION」に合格しEXILEの一員に。

現在パフォーマーとして活躍しています。

宝塚出身でダンススタジオを経営する母の影響で3歳頃からダンスを始めます。

2012年にはダンスバトルの世界大会「STEP YA GAME UP 2012」のHIP HOP部門で優勝。
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ダンスの申し子と呼び声高い、山本世界は小学4年生から中学1年生まで「ライオンキング」のヤングシンバ役をしていました。

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柿澤勇人(かきざわはやと)

高校生の頃に観た「ライオンキング」に憧れ、2007年に劇団四季研究所入所。

念願の「ライオンキング」でシンバ役を射止めるが、十分な演技が出来ずに1度の公演で降板。

その後「春のめざめ」で主役を演じる。

現在はホリプロに所属し、映画やドラマ、舞台等幅広く活動中。

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宇都宮直高(うつのみやなおたか)

池松壮亮の姉、日佳瑠さんの夫。

「ライオンキング」の主役、シンバを演じていました。

現在は劇団四季を退団し、三元茶屋にある「U musicroom」というボイストレーニングスタジオの講師をしています。

ちなみに池松兄弟がヤングナラとヤングシンバを演じていた頃、直高さんは草の役だったとか。

まとめ

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以上『池松壮亮と「ライオンキング」』でした。

池松壮亮のルーツになった「ライオンキング」との出会いについてまとめました。

彼に年不相応な深みがある理由に納得がいきました。

大げさではなく、「ライオンキング」が無ければ、池松壮亮は俳優の道には進んでいないはずです。

野球選手の池松壮亮もかなり興味はありますが、、。

最後までお読みいただきありがとうございました。

おわり。

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